第四十番札所 護国山 観音院 久渡寺(くどじ)

◎御詠歌

  補陀落や 恵も深き 観世音 罪も報いも はらす宮舘

  ふだらくや めぐみもふかき かんぜおん つみもむくいも はらすみやだて


【宗派】 真言宗智山派
【御本尊】 聖観世音菩薩
【札所御本尊】 聖観世音菩薩
【聖観世音菩薩 御真言】 おん あろりきゃ そわか


【略縁起】
青森県弘前市坂元に所在する真言宗智山派寺院。山号は護国山。院号は観音院。
等級は15等。津軽三十三観音霊場第1番札所で、最勝院や百沢寺(現 求聞寺)、
橋雲寺、国上寺とともに津軽真言五山の一つでもある。
本尊は円仁(慈覚大師)の作とされる聖観音。もとの最勝院末寺である。
また、王志羅講(大白羅講)や円山応挙作と伝わる幽霊画でも著名。
伝承によれば、西暦800年ころ、坂上田村麻呂が蝦夷征伐に津軽にやってきた時、阿闍羅山(大鰐町)に本陣を構え、岩木山まで峰伝いに千の坊舎「阿闍羅千坊」を建てたという。延暦年間(782‐803)、阿闍羅山に阿闍羅千坊の本尊を祀る補陀落寺(興国寺ともいう)を建立。本尊は大日尊で、左右は不動尊と観世音の三尊であったという。建久2年(1191)、唐の僧侶・円知上人が津軽に来た際、本阿闍羅三山坊の荒れ果てているのを見て、大日尊を蔵館(大鰐町)に、不動尊を古懸(平川市碇ヶ関地区)に、そして当時小沢山と呼ばれていたこの地に聖観音を遷して布教の本拠地とし、小沢山「救度寺」と称した。
明応年間(1492~1501)、日範(日知)が中興し、そのあとを道円と寛照によって継承される。
慶長年間(1596~1615)、寛海和尚によって再興され、津軽一統を志す大浦為信が寺領を寄進、小沢村古舘から坂元村に寺を遷し、国を護る山として「護国山観音院」と改称。
元和5年(1619)、二代藩主・津軽信枚が領内鎮護のため堂舎を再建し別当を置いて藩の祈願所とした。
寛永3年(1626)、百沢寺、最勝院、国上寺、橋雲寺とともに津軽真言五山の一つとなる。
寛永10年(1633)、三代藩主・信義が寺領百石を寄進、現在の寺名「久渡寺」に改める。
※公式HPより転載


【電話】 0172-88-1555
【アクセス】 〒036-8244 青森県弘前市坂元山元1
【公式HP】 https://kudoji.com/
【御住職】 第三十四世 須藤光昭和尚
【納経料金】
・納経帳    ¥300(墨書きなしの場合は¥200)
・笈摺(白衣) ¥200
・納経軸    ¥300(墨書きなしの場合も同料金)
【津軽八十八ヶ所霊場推進会加盟札所】
・令和二年八月一日加盟
【田中チヨ尼奉納御砂】 不明

津軽八十八ヶ所霊場推進会

人に触れる 歴史に触れる 根源に触れる 津軽のこころの故郷を巡る旅